2026/05/21 19:36
オトナのサンプル
オトナのサンプルは多い方がいい。
2025年、小中高生の自殺者数が過去最多だった。なんでだろう。痛ましい、まだまだこれから未来がある子どもたちが命を経っていく不条理。今でこそ、そう思う。
わたしは自分の高校時代に思いを馳せた。当時はiPhoneが普及してきたばかりで、mixiやブログ全盛期。Instagramが流行り出したばかりの頃だった。現代に比べてSNSの猛威は穏やかで、まだ優しい時代だったかもしれない。おばさんの卵(まだ31歳なので!)の昔話だと思って聞いて欲しい。
それでも高校生の頃、わたしは思春期で、うまくいかない人間関係やままならない恋愛、将来への漠然とした不安とプレッシャーで、やっぱり少し生きづらかった。なんだか苦しくて、息がうまく吸えなくて学校に向かう電車に乗れずに見送ったことが何度もあった。
学校をサボって、駅の自習室で勉強をした。少しでもいい大学に進学することが正解。学校という制度の中に閉じ込められる窮屈さ。何者かにならなければいけないような焦りと鬱屈。なんとなく感じる社会への不信感と怒り。
そんなとき、わたしは当時住んでいた地方都市の商店街にある小さな古着屋に足繁く通うようになった。学校は窮屈で苦行みたいで、家に帰ると幼い弟がいて(わたしにはたまたま15歳年下の可愛い弟がいる)なんとなく自分の居場所がないようなそんな時期だった。
そこは摩訶不思議だった。今まで見たことのないオトナたちが楽しそうに生きている。例えば、こんにちは〜と扉を開ければ、午後の店内で居眠りをしている店主。映画が大好きなおじいさん。運輸業で働きながら彼氏と一緒に時折店先でコーヒースタンドを開くバツイチのお姉さん。工場で働きながら古着をひたすら買い漁る古着ジャンキー。月に一度はド派手なお洋服で東京に出かける人。1ヶ月インドに武者修行に行ってきたと言う金髪の年齢不詳職業不詳のお兄さん。彼らは学校をサボって古着屋に立ち寄るわたしをダメな子だとも言わず、説教もせず、普通にその場にただ居ることを受け入れてくれた。
当時、高校生だったわたしは、オトナのサンプルといえば、サラリーマンの父とパート勤務の母、教師や塾の講師。そのくらいだったから、こんなにも自由で楽しげに生きているオトナがいるのか…と目から鱗だった。
両親や教師たちは、もっともらしい人生の正解は教えてくれた。なるべくいい大学に行って、なるべくいい会社に就職して、結婚し家庭を築く。彼らはきっとわたしが苦労しないように、失敗しないように、最善の人生を歩めるように、きっと心を尽くして導こうとしていたことは、今となっては理解できる。
それでも高校生のわたしには、それが息苦しかった。真面目に学校という箱に収まって、真面目に勉強し、まともなオトナにならなければ、不正解で、その人生は失敗なのかもしれないと。
でも当時、あの小さな古着屋で出会ったオトナたちは、決して正解だけを選んできたわけじゃなさそうだ。失敗もするし、真面目でもない、だけど楽しそうだった。皆、わたしの知るオトナの姿じゃなかったけれど、おもしろそうに生きていた。
高校生のあの頃、そんなオトナを垣間見ることができたのはとても幸運だったと思う。社会の言う”正解のルート”に乗らなくたって、楽しそうに生きているように見えるオトナがいる。勿論彼らにだっていろんな悩みはあっただろう、でも自分の人生を正しさのレールから外れたって、ちゃんと選び取ってきたのだと思う。その事実は、わたしの呼吸をふっと軽くした。
その結果、わたしは就職もせずにふらふらして、結局独立して不安定な自営業で生計を立てて、離婚もしたし、金持ちでもない。でも悪くない。わたしの道を歩いてるって感じ。あの時いろんなオトナの人生のサンプルを見られたから、もちろん悩みも尽きないけれど、全く世にいう正解の人生を歩めていないけど、でも今やってることは好きだ。
親や教師は、正解の人生を歩ませようとするかもしれないし、SNSでは「金持ちが正義」「可愛ければ勝ち組」「学歴がものを言う」そんな正しさに見えるものを声高に訴えるかもしれないけれど、案外オトナは失敗もするし、失敗しながら楽しく生きている。そういういろんなオトナがいるのだ。
レールの外でおもしろおかしくやってるオトナは、実は結構いるのかもしれない。わたしは母になったけれど、娘にも親でも教師でもないオトナが居たらいいなという気がしている。正しいオトナなんて、本当はいないのだから、色んなオトナを見て自分の人生を選んだらいい。
オトナのサンプルは沢山あった方がいい。わたしは、地方都市の小さな古着屋で、おもしろくて、正しくないオトナたちの存在に、とても救われた気がしている。

Writer : Hazuki SUEISHI
TEDDY MARKET
